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今回は私の好きな神社仏閣からお寺をフューチャーしていきます。
日本に住んでいながら意外と知らないお寺のこと。
ここで学んでみてはいかがでしょうか。
今回参考にした本はこちら。
お寺そのものの歴史を取り扱った書籍は多いですが、これは仏教から派生した宗派から掘り下げ、
日本を代表する七宗とその総本山・大本山を解説してくれています。
七宗?総本山?大本山?と聞きなれない言葉もありますが、丁寧に解説していきますので是非ご覧ください。
身近なお寺という存在がもっと身近に感じれますよ。
それでは早速いってみましょう。
日本の仏教にいくつもの宗派がある理由

御朱印ブームもあって、お寺をもっと知りたいと思っていたんだ。
お寺に行くと〇〇宗って書いてあるね。
気にはなってたけど、どういう意味があるんだろう?
現在の日本には密教系の天台宗と真言宗、浄土信仰の浄土宗・浄土真宗、禅系の臨済宗と曹洞宗、そして法華経信仰の日蓮宗など、大きく13の仏教宗派があります。
聞いたことがある宗派もあれば、初めて聞いたという宗派もあると思います。
なぜ、ルーツは同じ仏教なのにこんなにも分かれているのでしょうか?
大もと(ルーツ)はひとつである仏教は、その誕生・発生(紀元前4~6世紀頃)から早くも400~500年過ぎる頃に、大乗仏教と上座部仏教のふたつに大きく分かれ、以後、教義の内容・性格に、考え方の違いが明らかになって、宗派の分裂が始まった。
当時の習慣として宗教的な真理の言葉(金言)は、決して文字化とするものではなかったから、釈尊の教えは弟子たちの暗誦により「口伝」として伝えられた。そのため、のちの釈尊の入滅直後から弟子たちが集まって師の教えを確認し合い、最初の仏典が編纂された。これを第一回結集という。
しかし入滅後、百年も経つとさらに弟子たちの間で教えの解釈がへだたり、また修行方法を巡って意見の相違が生じるようになる。
そこで二回目の結集が行われた結果、教団は釈尊の教えを厳格に守ろうとする保守派の上座部と、より柔軟に運用しようとする改革派の大衆部に分裂してしまう。これを根本分裂と呼ぶ。以後、両部のなかで分裂が繰り返され、20以上の部派に細分化されていった。
出典:図解一度は訪ねておきたい!日本の七宗と総本山・大本山 p.14-15
なるほど、「口伝」として伝えられていたがゆえ、時が経つにつれて考え方の違いもあって分裂していってしまったんですね。
仕事でもありますよね、Aさんのやり方とBさんのやり方、みたいな。
手順として明確に定められていない場合は、こういうことが起きがちですね。
話を仏教宗派に戻しましょう。
いよいよ細分化した仏教が日本に伝わってきます。
やがて出家者のみの修学と解脱を目指す部派仏教への分裂が収まる頃、それに対立する形で、紀元前1世紀頃に多くの人を救いの対象として悟りへ導こうとする大乗仏教が生まれた。それが中国から朝鮮を通じて6世紀の日本に伝えられた。今日も日本の仏教は、大きくは大乗仏教の流れのなかに位置する。
仏教を受け入れた日本は、飛鳥時代に仏教を国家統一の精神的支柱に据えると、のちの奈良時代には国家鎮護を祈願する国家宗教として位置づけた。この時代には華厳宗、法相宗、律宗など南都六宗と呼ばれる6つの宗派が生まれている。さらに平安時代になると、唐で学んだ最澄と空海により密教がもたらされ、天台宗と真言宗が開かれた。
出典:図解一度は訪ねておきたい!日本の七宗と総本山・大本山 p.15-16
日本に入ってきた仏教は、国家戦略のなかで南都六宗と呼ばれる6つの宗派が生まれ、そののちに外国から学んだ密教が広まっていったんですね。
そしていよいよ民衆にまで広がり、今日に至るまで様々な思想や文化を形成していきます。
平安時代後期になると、「釈尊の入滅後1500年(または2000年)にして仏法が滅び、世が乱れる」という、末法思想の影響が強くあり、それからの救いを求め、極楽往生を願う「浄土信仰」が育まれた。
鎌倉時代から室町時代にかけてはこの浄土思想を土台に、それまで長く続いて次第に世俗化していた旧仏教と一線を画す、民衆のための融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、時宗が生まれ、広く浸透していく。
これらの宗派では信仰を拠りどころに信徒が団結する傾向が強く、戦国時代には各地で法華一揆や一向一揆などを起こして既存の仏教や戦国大名に抵抗し自治的な集団を作るようになった。
一方で鎌倉、室町時代には中国から臨済宗や曹洞宗などの禅宗が伝えられていて、幕府の庇護のもと発展。江戸時代には中国から黄檗宗も伝わって、禅宗は教義のみならず漢詩や水墨画、庭園や書院造、芸能などの様々な文化をもたらす役割を担った。
出典:図解一度は訪ねておきたい!日本の七宗と総本山・大本山 p.16

大陸から伝わった大乗仏教が時を経て様々な形で伝わっていったんだね!
民衆には浄土思想が土台になっていて、様々な宗派が誕生したんだね。
それが基になり、今でも日本文化の礎として現代にも残る文化になったんだ!
すばらしいまとめですね!
総本山と大本山

様々な宗派が誕生した過程はわかったよ。
こんなにも分裂していくんだから管理が大変だね。
タイトルにもなっている総本山や大本山というのが管理体制なのかな?
詳しく教えて!
仏教が時を経て分裂していく様を知りましたが、きちんとした管理体制がないと永遠に分裂していってしまう気がします。
そのため後述する本末制度と呼ばれる管理体制が構築されました。
その内容をみていきましょう。
現在日本全国には8万近くの寺院があるといわれるが、一部を除いて必ずどこかの宗派に属している。そうした寺々には、総本山や大本山、本山、末寺といった寺格ともいうべきランク付けがなされている。
総本山と大本山の違いは、まず総本山はその宗派の起源となる寺院である。一方の大本山は、祖師や開山・開基などに縁のある寺院を意味した寺院であり、いずれにしろ「本山」は宗派の頂点に立ち、末寺と呼ばれるほかの寺院を管理、統制する役目もある。
こうした本山と末寺の関係は本末制度と呼ばれ、江戸時代、幕府が寺院と庶民の管理統制を行うため『諸宗諸法度』を作り、整備したものだ。すべての寺院をどこかの宗派の管轄下に組み入れ、そのなかに上下関係を作りピラミッド型の支配体制を確立させた。こうすることで、幕府は本山を通じてすべての寺の統制を可能にしたのである。
出典:図解一度は訪ねておきたい!日本の七宗と総本山・大本山 p.18-20

幕府が管理するためにお寺に上下関係を作ったんだ!
さっき「信徒が団結する傾向が強く、戦国時代には各地で法華一揆や一向一揆などを起こして」
って言ってたよね。
幕府はそういうことを恐れてコントロールしようとしたのかな?
本書ではそこまで踏み込んで書かれていませんでしたが、民衆をコントロールするために寺をランク付けした、という考察もできます。
具体的な本山の役割には宗派の最高儀礼を行う権限や末寺の僧侶などの資格決定権、末寺僧侶の監督権が与えられていて、会社でいう本社の役割を果たしているようです。
寺院参拝のしきたり
ここで寺院参拝のしきたりを順番にみていきます。
【山門(三門)】寺院の本尊に敬意を表して合掌し、一礼する
山門(三門)とは俗世との境を表す門です。


こちらの画像は浄土宗七大本山の一つ、三縁山広度院増上寺の三門です。
立派ですよね!
重要文化財です。
こちらの三門は「三解脱門」といい、三つの煩悩「貪欲、瞋恚、愚痴」の三悪を解脱する悟りの境地を表しているそうです。
山門(三門)をくぐるときは敷居を踏まないようにしましょう。
【手水舎】日常の穢れを落とすために、左右の手と口を浄める
①右手に柄杓を持って左手に水をかけて洗い、浄める
②左手に柄杓を持ちかえて右手に水をかけて洗い、浄める
③右手に柄杓を持ちかえて、左手に水をため、その水で口をすすぐ
④柄杓を手前に傾けて柄を洗う
⑤柄杓をもとの位置に戻す
文章ではわかりづらいと思うので映像をご参照ください。
現在はコロナ対策で手水舎が使えないところもあります。
各寺院の指示に従ってお参りしてくださいね。
近くにトイレ等があればそこで手だけでも浄めてお参りすると良いかと思います。
【参道】参道はどこを歩いてもかまわない
【鐘楼】参拝前に鐘をつく
鐘をついてもよい寺院は参拝前に鐘をつきます。
参拝後は「戻り鐘」といい縁起がよくないので注意しましょう。
【本堂】お賽銭は投げ入れずそっと入れる
①本堂の前で45~90度の礼をする
②賽銭箱にお賽銭をそっと入れる(投げ入れないように!)
③姿勢を正し、目を閉じて静かに胸の前で手を合わせる(合掌)
④お願い事を伝える
⑤手を合わせたまま再び45~90度の礼をする
【納経所】御朱印は必ず本堂と本尊をお参りした後に受ける
【山門(三門)】境内を出る際、再び山門(三門)のところで本尊に向かって合掌一礼する
この参拝のしきたりはオーソドックスなものなので、寺院や宗派によって異なる可能性がありますのでご注意ください。
大切なのは「仏様に対する敬意をもって参拝する」ということです。
合掌の意味をご存知ですか?
普段何気なくやっている合掌ですが、合掌は仏教発祥の地であるインドから伝わった礼拝方法です。
右手は仏様を、左手は衆生(生き物すべて)を表しており、その両手を合わせることで、両者がひとつになり成仏して欲しいという気持ちを表すそうです。
これで寺院参拝の方法は完璧ですね!
七宗の総本山・大本山とその教え

日本の仏教の歴史は理解できたよ。
幕府による寺院の上下関係の確立は驚いたな。
参拝方法は勉強になったよ!
そろそろ本書のタイトルにあった七宗を教えて!!
様々な宗派がありますが、本書で主に紹介している七宗をダイジェスト版でお伝えします。
詳細は是非本書をご購入のうえ、読んでみてくださいね。
天台宗
宗祖:最澄(778年~822年)
教え:法華一乗、四宗相承
本尊:釈迦牟尼仏
総本山:比叡山延暦寺(滋賀県)
根本経典:法華経
※比叡山延暦寺で修行した宗祖たち:法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、栄西(臨済宗)、道元(曹洞宗)、日蓮(日蓮宗)
真言宗
開祖:空海(774年~835年)
教え:即身成仏、三密加持
本尊:大日如来
総本山:高野山金剛峰寺(和歌山県)
根本経典:金剛頂経、大日経
浄土宗
宗祖:法然(1133年~1212年)
教え:専修念仏
本尊:阿弥陀如来
総本山:華頂山知恩教院(知恩院)(京都府)
根本経典:浄土三部経、観無量寿経、無量寿経、阿弥陀経
浄土真宗
宗祖:親鸞(1173年~1262年)
教え:絶対他力、悪人正機
本尊:阿弥陀如来
本山:西本願寺(京都府)、東本願寺(京都府)、専修寺(三重県)など
根本経典:浄土三部経、観無量寿経、無量寿経、阿弥陀経、教行信証など
曹洞宗
宗祖:道元(1200年~1253年)
教え:只管打坐
本尊:釈迦如来
大本山:永平寺(福井県)、總持寺(神奈川県)
根本経典:修証義、般若心経
臨済宗
宗祖:栄西(1141年~1215年)
教え:臨済宗の教義は、坐禅によって悟りを開くことであり、開祖・臨済義玄の教えは「臨済録」で伝えられている。師から出題された公案(問題)に取り組んで悟りを目指す修行方法が取り入れられており、公案は全部で1700則あるといわれ、いずれも多く不合理な内容の難問で、決まった答えはない。
本尊:釈迦如来
大本山:妙心寺(京都府)、南禅寺(京都府)、東福寺(京都府)、大徳寺(京都府)、天龍寺(京都府)、相国寺(京都府)、建仁寺(京都府)、建長寺(神奈川県)、円覚寺(神奈川県)など
根本経典:とくになし
日蓮宗
宗祖:日蓮(1222年~1282年)
教え:三大秘法
本尊:大曼荼羅、釈迦如来
総本山:久遠寺(山梨県)
根本経典:法華経

同じルーツをもつ大乗仏教から派生しただけあって、
似ているようなところもあれば、そうじゃないところもあって
バラエティーに富んでいるね。
それにしても延暦寺はたくさんの宗祖を輩出したんだね。
寺院の素晴らしさ
私が神社仏閣好きなのはいくつか理由があって、大きくわけると
①非日常空間
②歴史
この二つです。
私自身が信心深い信者というような宗教的な要素ではなく、神社仏閣に行くと手入れが行き届いていて、広大で、静かで癒されるんですよね。
本当に日本が世界に誇れる文化だと思います。
世界の歴史をみると時の支配者・権力者によって文化がガラッと変わってしまいますよね。
その点日本は他国から滅ぼされず、現存する世界最古の国家です。
仏教は大陸から伝わったと記事にしましたが、
実は現存する世界最古の木造建築物はインドでもなく中国でもなく、
日本の法隆寺(奈良県)です。
そういう意味では大切に後世に残したい文化だと思いませんか。
こういう歴史を日本人が知らないのは悲しい、という声も聞きますが
逆に知らなくても神社仏閣を大切にしていますよね?
初詣に来ている日本人の多くはそこまで深く神社仏閣を理解しているとは思えませんが、
それでもお賽銭を入れたり、手を合わせたり、願い事をしたり、絵馬を書いたりしています。
これが文化だと思います。
知らなくても行動できるってすごいことです。
でも本書を通して、文化だけではなく知識として知って、神社仏閣の今後に想いを馳せて欲しいと思います。
今回のまとめ
今回ご紹介した本はこちらでしたね。
同じルーツの大乗仏教が分裂していき、幕府がランク付けして統制していった経緯を知ることが出来ました。
日本を代表する七宗もダイジェスト版でお伝えしました。
世界に誇れる、日本の寺院をその想いとともに後世に残していきたいですね。
ここまでご覧いただきありがとうございました!
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