食品添加物は全て悪?「食品添加物はなぜ嫌われるのか」本レビュー

教育

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前回の記事で子どもの体に良い食品を選ぶためには基本的には添加物入っていない食品を選びましょう、という内容の本をレビューしました。

詳細はこちら。

確かに、添加物を掘り下げていくと元来食品でないものが加工され食品に添加されているのがわかりました。

発がん性が認められるのに、そういった添加物が使われているのもわかりました。

結果だけ見れば、「添加物は避けましょう」というのはわかります。

しかし世の中にはほとんどの食品に添加物が使われています。

このギャップは何なのでしょうか?

我々は健康でいたい。

だから添加物がない食品を選びたい。

しかし日々一生懸命仕事をしている食品業界は添加物を使って食品を提供してくれる。

食品業界は仮に添加物で体調が悪くなった、死亡した、となったら企業存続の問題に関わります。

それまでして、リスクを取っていたずらに添加物を入れたいのでしょうか。

きっとそこには理由があるはずです。

その添加物の正体を少しでも掘り下げて知ろう、というのが今回の記事です。

参考書籍

今回の参考書籍はこちら。

前回の記事と逆をいく書籍です。

逆をいく、というとちょっと言い過ぎかもしれません。

添加物はすべて悪ではないですよ、正しく知って付き合っていきましょうというスタンスです。

サブタイトルにもあるように「食品情報を「正しく」読み解くリテラシー」とのことで、

添加物はすべて悪、というバイアスから正しい情報を基に行動できるようになれる書籍かと思い選びました。

是非前回の記事と読み比べてみてください。

それでは早速いってみましょう。

著者紹介

著者は畝山智香子氏。

東北大学大学院薬学研究科博士課程前期2年の過程を修了。薬学博士。

現在、国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長。

専門は薬理学、生化学。

本書以外の著書はこちら。

国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長の方なんですね。

そういう組織があることは知りませんでした。

なのでこのブログの定番、掘り下げます。

出典:国立医薬品食品衛生研究所 (nihs.go.jp)

国立医薬品食品衛生研究所のホームページから引用しました。

国立医薬品食品衛生研究所 (National Institute of Health Sciences) は、医薬品や食品のほか、生活環境中に存在する多くの化学物質について、その品質、安全性及び有効性を正しく評価するための試験・研究や調査を行っています。

とあります。

まさに添加物はすべて悪、というバイアスから解き放ってくれる情報がありそうですね。

出典:国立医薬品食品衛生研究所 (nihs.go.jp)

明治7年に発足した官営の東京司薬場が前身。

我が国で最も古い国立試験研究機関とのことで、十分なノウハウ・エビデンスもありそうです。

そんな国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長の畝山氏が書いた本書を基に、食品添加物について学んでいきましょう。

まえがき

本書の立ち位置をよく表している文章でしたので、引用して載せます。

前著(「ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想」2009年)のまえがきに、

残念ながら食品の安全性の分野においては、大手新聞やテレビ局を筆頭にメディアの発信する情報は間違ったもの、背景説明が不十分なために誤解を招くもののほうが多いというのが現状です。

インターネットや書籍などはさらに惨憺たる状況で、情報を積極的に集めようとする志の高い人ほど間違った情報に翻弄されやすくなっています。

と書きました。状況はどう変わったでしょうか?

客観的数値は持ち合わせていませんが、一般向けの食品の安全性に関するまっとうな書籍は増えているように思います。

食品添加物=悪のような紋切り型の報道は、主要紙ではあまり見なくなったような気はします。

一方テレビや新聞・雑誌の、いわゆる健康食品の広告が非常に多くなったと思います。そしておそらくここ10年ほどで最大の変化は、インターネットのソーシャルメディアの影響力の拡大でしょう。ユーチューブやツイッター、フェイスブックなどのプラットフォームを使った個人の情報発信が、既存メディアを脅かすほどの影響をもつようになってきました。

しかし個人が発信する情報なのでその質を担保する仕組みはほとんどなく、フェイクニュースという言葉がすっかり定着しているように、虚偽や事実誤認も多いようです。(中略)

食をめぐる問題は時代とともに変化する複雑なものです。本書がその複雑さの一端の理解につながることを期待します。

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.1-3

我々にとって衣食住はとても身近なもの。

その中の「食」は常に大勢の関心があり、様々な意見があって然るべきものと私は考えます。

本書の前書きでは、大手メディアの食の安全に関する情報は改善してきた、しかし新たに個人の発する情報に虚偽や事実誤認がある、と指摘しています。

そして「食をめぐる問題は時代とともに変化するもの」であり、「本書がその複雑さの一端の理解につながることを期待する」と書かれています。

添加物使用には基準があります。

それは人体に影響の少ないようにコントロールされていますが、その基準を作っているのも人間です。

時代によってその基準が変わる、ということでしょう。

よって、添加物=悪といった凝り固まった考えではなく、常に情報をアップデートしていく必要がある、ということを言っているものと思います。

それでは本書の内容に入っていきましょう。

終わらない食品添加物論争

食の安全に関する各国の世論調査を眺めていると、消費者の食品添加物へのネガティブな意見は常に優勢です。

しかし添加物が原因となる健康被害が確認されたことはほとんどなく、新たなものが認可され続けています。

消費者は何に怯えているのでしょうか?

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.11

ほんとそれ!

と言いたくなるリード文です。

私も添加物に怯えている消費者の一人です。

怯えている理由は添加物をよくわかっていないからだと考えます。

それなので本を読んで添加物の正体を勉強しています。

前回のブログの記事は「子どもに「買ってはいけない」「買っていもいい」食品」という書籍を参考にしました。

そこには添加物は悪、という論調で記載されていました。

具体例を抜粋します。

パスコ白い食卓ロール

主に飲み物やお菓子などに使われているが合成甘味料のスクラロースですが、思わぬところにも使われていて、じつはこの製品にも使われているのです。原材料名の中に、ほかの添加物に紛れて「スクラロース」の文字があります。

それにしても、なぜあえてスクラロースを使っているのか、その意図がよくわかりません。パンは小麦粉から作られているので、炭水化物をかなり含んでいます。したがって、ある程度のカロリーは必ずあります。スクラロースを使っても、全カロリーをそれほど低くできないはずです。

また、この製品には糖類が含まれていますから、それだけである程度の甘味はあるはずです。そこに、なぜ変な甘味のするスクラロースを加えるのか、不思議でなりません。ちなみに、同社のロールパンの「パスコ超熟ロール」や「パスコ超熟ロールレーズン」には、スクラロースは使われていません。

同社は「余計なものは入れない。」というテレビCMで知られる食パンの「パスコ超熟」を販売している会社です。この製品には、添加物は使われていません。つまり、一方では無添加を強調し、一方では、ほかのパンメーカーですらロールパンに使っていないスクラロースを添加しているのです。

どうも会社の一貫性が感じられません。今後もスクラロースを使い続けるのか、よく検討してもらいたいと思います。

出典:子どもに「買ってはいけない」「買ってもいい」食品 p.66-67

いかがですか?

ミスリードしないように一記事を丸々引用しています。

パスコのキャッチコピーである「余計なものは入れない」を「無添加を強調」としています。

この図式は添加物は余計なものと捉えることが出来ます。

私たちは添加物が何かを知らないため怯えています。

そのため添加物の正体を知ろうと手に取った書籍にこのように書いてあったら、

「添加物は悪、だから避けよう」となるのは自然です。

本書(「食品添加物はなぜ嫌われるのか」)でもその点に触れています。

「食の戦前回帰」。これは、添加物を含まない、素材そのものの味わいを求め、「食」が安心・安全だった戦前の食卓に戻ろう、という意味の言葉です。

くら寿司では、お客様の健康を優先し、化学調味料、人工甘味料、合成着色料、人口保存料を全食材に一切使用しない「無添」に挑戦し、戦前の食卓の具現化を行っています。

この企業理念からは、食品の安全性を損なうものは食品添加物であり、食品添加物を使わなければ食品は安全なのだと考えているらしいことが伺われます。戦前は食品添加物がなかったので「『食』が安心・安全だった」と主張しています。

これは非常に多くの事実誤認を含む文章ですが、「企業理念」として提示されているので単なる個人の思いつきを綴ったようなものではないし、この会社の幹部の相当数がこれを正しいと考えているのでしょう。そして「そのとおり」だと、これに賛同する人たちも一定数いると思われます。こういう「食品添加物が悪」(安全性という意味でも安心という意味でも)だという認識はどこからくるのでしょうか?

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.13

「無添くら寿司」の企業理念を引用し、添加物がない戦前の食卓に回帰しようとすることがなぜ正しいことと言えるのかと問いかけています。

出典:企業理念|会社案内|くら寿司株式会社 (kurasushi.co.jp)

少し文言は変わっていますが、そのようなことは確かにくら寿司株式会社のホームページには記載がありました。

食の戦前回帰、確かに引っかかる文言です。

今の我々の食は退化してしまったのでしょうか?

その退化、として捉えられるのは添加物を使用しているからなのでしょうか?

食品添加物の定義

そもそも悪の象徴、そして食の退化の象徴と捉えられている食品添加物とは何なのでしょうか。

日本における「食品添加物」の定義は、食品衛生法という法律で、次のように定められています。

食品の製造の過程において又は食品の加工若しくは保存の目的で、食品に添加、混和、浸潤その他の方法によって使用する物をいう。

食品衛生法は戦後の昭和23(1948)年に施行されたものですから、戦前は「食品衛生法に定める食品添加物」が存在しなかったというのは、ある意味で事実かもしれません。しかしだから安全だった、とはつながりません。

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.14

食品添加物はきちんと使用目的をもって、戦後に法律で定められたものということですね。

戦後に法律で定められたものを食品添加物というので、戦前は食品添加物はなかった、というのはある意味で事実ですが、それが安全かどうかは別問題ということです。

ここまで、筆者である畝山氏はかなり丁寧に(おそらくかなりの辛抱をもって)「食品添加物が悪であるという風潮」に向き合ってきています。

くら寿司株式会社の企業理念を引用し、わざわざ消費者に「無添加」のために企業努力をしますと言っていることを明らかにしています。

要は我々消費者が「無添加」を求めている、ということになります。

では無添加、食品添加物を使用しない、ということはどういうことなのでしょうか。

それは果たして我々消費者にとって有益なのでしょうか。

英国で行われた食品の顕微鏡観察

イングランドにおける食品規制の創始者と考えられているのは、アーサー・ヒル・ハッサル(1817~94年)です。

彼は当時新しく発見された顕微鏡を使って、市民が何の疑いもなく飲んでいる水を最初に調べたところ、そこにはたくさんの微生物が存在しました。そして彼の関心は食べものに向かい、コーヒーを顕微鏡で観察すると、ライ麦や豆や焦げた砂糖を見つけました。ほぼすべての製品にいろいろな混ぜものが入っていて、それらは嘘の宣伝で素晴らしい製品として販売されていました。(中略)

砂糖36検体中35検体にはダニがいて、ミルクの半分以上は薄められていて、お茶の中にはまったく茶が入っていないものがあったこと、お菓子に使われている色素に高濃度の鉛が含まれていることなどを明らかにしました。

この報告は商品を販売していた店の実名も記載されていたため、ワクリーとハッサルは激しい誹謗中傷を受け、一方メディアや市民は当然のことながら非常に怒り、1860年の食品や飲料に関する最初の法律につながった、とされます。

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.14-15

いかがですか?

確実に言えるのは「戦前はそもそも科学的に食品を研究する手法なども普及しておらず食品に関する調査のしようがなかった」ということです。

意図的か意図的ではないかは置いておいて、食品にダニがいたり、薄められていたことは事実のようです。

細かく図る術がなかったので仕方のないことなのでしょう。

これが戦前=安全といえるでしょうか。

食品の安全性は確実に向上している

本項で筆者はさらに反撃に出ます。

昭和の中頃までは、毎年たくさんの人が食中毒によって死亡していたと報告されていて、それが平成の時代にはずいぶん少なくなっています。

食品の安全性は明らかに時代とともに向上しています。

本章の冒頭で紹介した「昔は食が安全・安心だった」という企業の主張は事実とは違うことは明らかです。

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.27

これは本書の結論といっても良い記述です。

我々は退化などしていない、食品の安全性は明らかに時代とともに向上しています。

食品添加物は今を生きる我々にとって味方なのです。

では、なぜ食品添加物は悪という論調が存在するのでしょうか。

筆者はこのように分析しています。

食品添加物のイメージが悪い原因の一部は歴史的経緯にありそうです。

つまり食品に何かを加えるということに対する印象の悪さ、安全性を調べる試験の最初の頃の対象が食品添加物や農薬のような、規制対象となる人工の化合物がメインで、さらに試験方法や解釈に未熟な部分があったということがあります。

また、初めて報告された事柄としてのインパクトが大きく、その後に発表されている、じつは天然のものでも調べれば同じような毒性がある、試験系の解釈が未熟だったといった情報が一般に伝わっていない、ということもあります。こういうことは丁寧に伝えていく必要があるでしょう。

さらに現在は、こうした食品添加物への漠然とした悪い印象を利用する商売が成り立ってしまっていて、正確な理解を妨げている、その結果として食品の安全性までが脅かされている、という別の問題が発生していると思います。

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.29

人類の知恵として食品添加物が定められてから日が浅く、良い面悪い面、両面あるにも関わらず、報道のされ方で悪い面が浸透してしまっている。

その後にポジティブな内容を発表しても一般には伝わっていない。

さらに食品添加物悪者商法の声が大きく正確な理解を妨げている、ということですね。

これは私たち消費者も反省しなければなりませんね。

どうしてもセンセーショナルなものに飛びついてしまう、といったことがあります。

冷静に物事を見極めなければなりませんね。

もう一つ、添加物を悪者に仕上げてしまった事例をご紹介します。

TPP批判

これはとても興味深い内容なので少し長いですが、そのまま引用します。

日本ではしばらく前に、環太平洋パートナーシップ(TTP)協定交渉が政治的話題になりました。TPPをめぐる議論の中で、米国の基準が採用されると日本の食の安全が脅かされるという主張がありました。たとえば『月刊JA』という雑誌の2012年2月号で「TPPと『食の安全・安心』」というタイトルで、東京大学の鈴木宣弘教授がこう書いています。

アメリカから日本に農産物を輸送するときのポストハーベスト(収穫後)農薬、食品添加物などの安全基準も、アメリカが採用している緩い基準への調和が求められる可能性がある。食品添加物でいうと、日本では800種類くらいしか認められていないが、アメリカは3000種類認めているし、農薬の残留基準についても、ものによってはアメリカでは日本の60~80倍も緩い基準が採用されている。こうして日本の多くの安全基準が緩和される可能性がある。

農林中金総合研究所『農林金融』(2016年4月)では、取締役基礎研究部長の清水徹朗氏がこう書いています。

Codex委員会で認めている「国際汎用添加物」は950あるが、その中には日本では認可されていないものもある。また、日本で認可されている食品添加物(一部の香料を除く指定添加物と既存添加物)は667品目あるが、米国で認可されている食品添加物は2.5倍の1612品目ある。米国は対日改革要望書でこれまで食品添加物の認可拡大を求めてきており、日本は追加要求のあった46の添加物のうち既に42の審査・認可を終え、残り4つも認可される見込みである。TPPによって米国からの追加認可の要求がさらに高まり輸入食品の食品添加物が増大すれば、食品の安全性が損なわれる懸念がある。

どちらも日本の農業を守るためにTPPに反対する立場で書かれたものですが、米国のほうが日本よりも食品添加物が多く、したがって食品が危険だという主張になっています。(中略)

これまで述べてきたように単語が食品添加物(food additives)であってもその定義は異なり、ステビアのGRAS(※generally recognized as safe:一般的に安全と認められるということ。アメリカの企業が新しい食品や食品成分などについて、その構造や由来、不純物などの情報や安全性に関する情報をまとめて、こういう条件で使う分には安全であるという判断をFDA(米国食品医薬品局)に届け出るもの)のように日本で3品目のものがGRASでは38あるなど、比較できない数値を並べています。そして食品添加物の数が多いことが食品が危険である証拠と主張していますが、逆でしょう。GRASや食品添加物としてきちんと評価されているものの数が多いということは、それだけ多くの知見があるということで、むしろ歓迎すべきことです。

たとえば日本では、塩は食品添加物として指定されていないので不純物が多いものでも販売できます。しかし食品添加物として規格を厳密に定めれば、不純物の多いものは使えなくなるのです。どちらが安全性が確保されているといえるでしょうか?

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.48-51

TPP議論のなかで、アメリカのほうが食品添加物を多く認めているから、それが認められれば日本の食の安全が脅かされるという話があったそうですが、むしろ逆で歓迎するべきことと筆者は言っています。

その理由は食品添加物に指定されるにはきちんと安全性等に関する情報が届けられているものであるため、ということですね。

その通りですね。

安全性が当局に届けられていないもののほうが安全、というのは全く論理的ではありません。

本書の結論

巷にはびこる「食品添加物は悪」という論調を取り上げながら、一つずつ絡まった糸をほどくように進んでいく本書でしたが、ここまでのポイントをまとめるとこうです。

◆相変わらず食品添加物に関する誤情報は多い。

◆食品添加物に怯える消費者と認可され続ける食品添加物のギャップ。

◆食品添加物のなかった戦前に回帰しようという企業理念とそれを受け入れる消費者。

◆食品添加物は戦後法で定められたもの。

◆戦前の食は不純物だらけだった。それが見えていないだけだった。

◆食品添加物によって食の安全性は確実に向上している。

◆食品添加物悪者論はその歴史の浅さとセンセーショナル先行の報道によって形成されたもの。

◆食品添加物は少ないほうが良いという論調の矛盾。不確実な情報の方が安全、という意味不明な論理。

そして最後にこの記事の締めくくりとして次の内容を引用します。

食品はもともと何が含まれるのかわかっていない、「未知の化学物質のかたまり」です。

食品添加物とは、そのような食品の中でも例外的に成分も、どう使えばいいのかもよくわかっている、安全な使い方を確認された「優等生」と言えます。

食品の成分のすべてが、食品添加物として認められるための条件を満たすことはできないのです。

安全性に関する基準をクリアして食品添加物になれないもの、なろうともしないものが食品として販売されているのが実情であるということを知ると、なぜ多くの人たちが食品添加物を悪者扱いし、食品添加物さえなければ食品は安全であるかのように言い、無添加が宣伝文句として通用するのでしょうか?(中略)

食品添加物は安全性を確認しないと使用が認められないので、安全性についてのデータのない一般的な食品より安全です―ここまでそういう趣旨のお話をしてきました。しかしこれを「食品添加物だから安全です」と解釈してはいけません。

食品添加物として認められている物質だから安全なのではなく、食品添加物として認められている物質を食品添加物として認められている使用条件で使うなら安全なのです。

食品だから安全なのではなく、食品として全体的に健康的な食生活の一部として適切に食べれば安全ということと同じです。

出典:食品添加物はなぜ嫌われるのか 食品情報を「正しく」読み解くリテラシー  p.54-56

食品添加物は使用条件下で使用するなら安全、ということですね。

とてもシンプルで納得性のある文章です。

これ以上でもこれ以下でもありませんね。

今回のまとめ

前回のブログの記事「子どもの体に良い食品を選ぶ!「子どもに「買ってはいけない」「買ってもいい」食品」本レビュー」のセカンドオピニオン的存在として取り上げた本書「食品添加物はなぜ嫌われるのか」でしたが、いかがでしたでしょうか。

同じ日本語で書かれ、それほど出版時期も変わらない本(子どもに買ってはいけない~は2017年11月出版、食品添加物はなぜ~は2020年6月出版)なのにこうも内容が違うのか、と驚きました。

私は食品や栄養学等の専門家ではありません。

ただ子どもに健やかに育って欲しいだけの一人の親です。

なのでこういう公の場で「こちら側の立場です」と言うつもりもありません。

批判するつもりもありません。

しかし自分のブログというメディアですし、これはレビュー記事なので、私個人的な感想を言わせていただければ

「いろんな見方があるんだな。結局選ぶのは自分自身なのだから人のせいにしないで自分自身できちんと考えて行動しよう。」ということ、

そして「食品添加物を使用する企業活動は続いている。それは食品の安全上問題がないからと感じる。なぜならば食品添加物が有害であれば、無意味に入れるのはリスクでしかないから。そしてそれを受け入れる消費活動は概ねリンクしている。これは経済活動という大きな括りでみれば自然なことだな。」と思いました。

要は消費者は食品添加物のリスクを受け入れて、「より良いもの」を取りに行っている。

それは賞味期限だったり、美味しさだったり、栄養価だったり、様々な「より良いもの」だと思います。

すべての食品には一長一短があると思います。

そもそも食品という定義が難しいですよね。

我々が食品、と呼んでいるものは我々が勝手にそう言っているだけで、

食べられる側の牛や豚や魚は自分たちのことを食品だとは思わないでしょう。

著者が言うように「食品は未知の化学物質のかたまり」というのが自然です。

それが天然だからという理由で人間にとって全て受け入れられる成分なのかはわかりません。

ただ現時点でわかっていることは「食品添加物は食品添加物として安全性が認められている」ということです。

読者の皆様はどう思われましたでしょうか。

今回取り上げた2冊の本については、もちろん全てをご紹介出来ていないのでもし興味を持っていただけたら購入してじっくり読み比べてみるのも良いと思います。

ここまでご覧いただきありがとうございました!

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